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対談 建設業振興基金・谷脇理事長と国土交通省不動産建設経済局・長橋和久局長

2023.3.6 国交省団体

建設業振興基金・谷脇暁理事長は先ごろ、国土交通省不動産建設経済局・長橋和久局長と『持続可能な建設業に向けて』と題して対談を行った。対談では、コロナ禍からの活動再開に伴って社会に活気が戻りつつある一方、世界的な物価高騰と急激な円安の影響による原料や資材価格が高騰するなど、先行きが不透明な状況が続いている。また、新規入職者の不足や離職率の高さが叫ばれる建設産業において、次世代を担う新たな人材の確保のためにも、賃金上昇、週休二日を前提とした長時間労働の解消、職場環境の改善などとともに生産性の向上が求められている。担い手の確保・育成や生産性向上といった課題に加え、昨今の建設資材の急激な価格変動への対応も迫られる建設業界において、どのような取り組みを行っていくのか。そして登録者百万人を超えた建設キャリアアップシステムの活用と展望などを、長橋局長に聞いている。その対談の内容を掲載した「建設業しんこう」からその内容を紹介する。

谷脇:局長の想いや展望を伺える貴重な機会ということで、『建設業しんこう』の中でもこちらの対談企画は特にご好評をいただいています。本日はよろしくお願いいたします。
長橋:よろしくお願いいたします。
谷脇:局長は東日本大震災の影響も色濃かった2011年に入札制度企画指導室長を務められ、その後2021年7月より不動産・建設経済局長に就任されました。この10年での建設業界の変動や、局長就任から現在までを振り返って、どのような想いを感じていらっしゃいますか。
長橋:私が入札制度企画指導室長を務めた当時は、長らく公共事業費も減少し、建設投資額もそれ以前より半減するなど、非常に厳しい局面でした。マーケットが縮小するとともに、ダンピング受注の影響により現場で働く方々にもしわ寄せがいき、労務費の減少や処遇の悪化も見られ、働き手の高齢化や担い手不足も顕著になるなど、多くの課題が浮き彫りになった時期でもあります。そうした中で東日本大震災が起こったことで、復興支援も含めて様々な取り組みを行わねばならない、非常に緊迫した時局だったと記憶しています。そうした状況を踏まえると、ここ10年は事業量も投資額も安定的に推移しており、労務単価についても10年連続で上昇するなど、環境的にもずいぶん改善されてきたのではないでしょうか。ただし、現場の働き方や技能者の処遇といった面は、他の産業と比べてまだまだ不十分な点が見受けられます。特にコロナ禍以降、新しいライフスタイルに合わせた働き方という概念が叫ばれて久しいですが、なかなか休みが取れない現場などは若い方目線から見て魅力的な職場とは映りづらいでしょう。またここに来て、建設資材価格の大幅な変動も起こっており、業界の重層下請構造と相まって、現場の雇用情勢や技能者の方の処遇にも厳しい影響を与えているものと捉えています。その根本的な契約制度自体を改めて見直し、業界全体を引き上げていくことを考えなければ、今後の建設業は非常に厳しいものになると実感しているところです。

谷脇:今お話に挙がった建設資材価格の変動への対応などは、まさに喫緊の課題と言えますね。そうしたことも踏まえ、2022年8月より新たに「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」を立ち上げたと伺いました。抜本的な部分も含めた検討会とのことですが、改めてその狙いを教えていただけますか。
長橋:「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」は、先程挙がった担い手の確保や生産性向上といった従前からの建設業における課題や、昨今の建設資材の急激な価格変動といったことを踏まえ、将来にわたり建設業を持続可能なものとするための環境整備に必要な施策の方向性について検討を行うため設置したものです。建設業には様々な問題がありますが、まず考えねばならないのは、現場で働く方の賃金をいかに安定的に支払えるかということ。資材価格の転嫁などのしわ寄せを防ぎ、労務費がしっかりと現場の方々へ行き渡るような仕組みづくりを行うことが第一です。また、従来から問題視されている行き過ぎた重層下請構造もそうした課題と無関係ではないため、その適正化も含めた議論を行っています。今回の検討会では土木や建築といった建設生産システムに精通した方だけでなく、労働政策の専門家なども交え、雇用や需給調整といった様々な角度から検討を図っています。
谷脇:行き過ぎた重層下請構造は、以前から建設業が抱える課題の一つですね。建設業は受注産業なので仕事の波もあり、経営のためにはある程度スリム化を図ってアウトソーシングせざるを得ませんが、その流れの中で徐々に重層化が進んでいく…。問題は、そのしわ寄せが技能労働者の方に及んでしまう点ですね。
長橋:仰るとおりです。そうした働き手の雇用安定・維持を図る制度として「建設業務労働者就業機会確保事業」がありますが、送出事業主の許可基準など、まだまだハードル
が高い面があると捉えています。たとえばアメリカの場合は公共事業受注者に対して一定の支払い賃金の義務付けがあったり、フランスの場合は労働協約に基づいた最低賃金を課すなどの法律による規制があります。日本においてもそうした法令による規制が必要なのか、日本に合った賃金を下支えする仕組みはどういったものなのかを考慮しながら、制度・運用の改善に向けて厚生労働省と継続的に相談していきたいと思います。
谷脇:建設資材価格の変動に関しては、公共工事の単品スライドの取り扱いといったことが課題として挙げられています。特に注目されるのは民間工事での受発注者間の契約の在りようだと思いますが、この点はいかがでしょうか。
長橋:民間工事についても基本的には建設工事標準請負契約約款がありますが、公共工事のように単品スライドを行うのは今の民間工事の契約の在り方では難しいと考えます。スライドするというよりは、契約時点でコストのリスクも考慮した上で合意を取っていく、積み上がるコストに対してフィーをあわせ、最後に契約を精算するような形も一つの手法です。工期が長期化する場合には、そうしたやり方も考える必要があります。特に近年は大規模な案件が増えており、施工が長期間に及ぶケースもあります。そうした場合には、新たな契約の在り方を考えることも必要だと感じています。
谷脇:発注者と受注者、元請と下請との間にそうしたリスク分担ができる構造に変わっていけば、賃金の下支えにもつながっていきますね。
谷脇:今やあらゆる産業においてDX(デジタルトランスフォーメーション)が推し進められていますが、建設業に関してはいかがでしょうか。
長橋:行政の分野ではデジタル庁が中心となり、申請や許可などのデジタル化に向けて動いています。国土交通省でもこの1月より、建設業許可と経営事項審査(経審)の申請の電子化を始めています。また先の経済対策で示されたBIM(Building Information Modeling)の推進にも力を入れているところです。BIMを活用することでより業務効率化や生産性向上を図れるほか、工事におけるコストなどもさらに明確になり、公共・民間問わず様々な事業に役立っていくものと思います。またデジタル化を進めていくことで、ゆくゆくは現場管理の在り方も変化するはずです。監理技術者がオンラインで2つの現場を兼務するといった働き方も生じていくのではないかと考え、そうした可能性についても検討を図っています。

《登録者100万人超 CCUSの先に見える可能性》
谷脇:なるほど、デジタル化の推進は将来の働き方にも大きな影響を与えそうですね。また先ほど挙がった技能労働者の賃金の下支えやDXにもつながる話ですが、業界の皆さまとともに進めている建設キャリアアップシステム(CCUS)が、2022年にいよいよ登録者100万人を達成しました。今後さらに全面的な適用に向けて取り組んでいくわけですが、現在の普及状況やこのシステムの有用性についてはどのようにお考えですか。
長橋:登録者数が100万人を超えたということで、業界内においてかなり浸透してきた実感があります。建設キャリアアップシステムは、技能者個人の経験や資格を“見える化”する優れた仕組みであると同時に、デジタル技術により現場での入退場や出勤・休暇の状況、施工体制などを確認できるツールでもあり、業界にも企業にも個人にも大きなメリットをもたらすシステムです。ただし、いくら優れたシステムであっても、異なる制度が併存すると効果は半減してしまうもの。建設キャリアアップシステムを標準化し、様々な制度に内在させることができれば、より生産性の向上や事務作業の効率化も図っていけるものと思います。
谷脇:特に建設業の技能労働者については、その実態が見えづらいという声が以前から挙がっていました。建設キャリアアップシステムにより技能者個人の経験や資格が“見える化”されることは、賃金の下支えに貢献しますね。
長橋:建設キャリアアップシステムに登録することで、各々が自身の本来あるべき処遇を認識でき、転職の際などにもステップアップしていける…そんな機能を制度や契約の中に盛り込んでいくことが大切だと考えます。自身の持つ価値を知ることは下支えにつながり、雇用の流動化や市場の活発化にもつながっていくもの。それは個人にとってはもちろん、多くの働き手を抱える企業にとってもメリットと言えます。今後は普及のみならず、現場での利用率をさらに向上させていくことが重要です。公共・民間双方に、よりこのシステムを周知していきたい考えです。
谷脇:建設キャリアアップシステムには様々な活用方法と大きな可能性がありますね。運営主体である我々建設業振興基金としても引き続き全力で取り組んでまいります。

谷脇:冒頭でもお話しされていたとおり、働き手の高齢化や担い手不足の問題については、以前より看過できない状況が続いています。特に若手世代に対しては入職を促す様々な施策を取られていますが、賃金や休暇取得などの処遇面、あるいは建設業へのイメージから敬遠されている向きがあるように思います。昔のように“背中を見て学べ”という姿勢ばかりでは一人前が育ちづらい時代でもあり、今後の担い手確保に向けては建設業への興味・関心を高めたり、モチベーションの向上につながるような取り組みも重要になると感じますが、いかがでしょうか。
長橋:はい、まさにそうした取り組みこそ、未来の建設業を支える軸になると考えます。担い手確保・育成にあたっては建設産業人材確保・育成推進協議会と連携し、SNSを活用した情報発信を行っているほか、小・中・高校に向けて建設業の魅力を伝えるキャラバンなどを実施しています。また工業高校で行われる実習にも業界団体が協力し、専門性の高い体験学習の提供などを試みています。これは学生たちの興味を高めたり理解を深めたりするだけでなく、企業と学生とを結ぶきっかけにもなり、卒業生の雇用につながっているケースもあります。こうした取り組みを学校のカリキュラムの中にも組み込んでいくことができれば、よりその効果は波及するものと考えます。
谷脇:学生たちへの早期の働きかけは大切ですね。ただ一方で、高校卒業後の進路として就職を選ぶ方は以前と比べて大きく減少しているようです。調べたところ、30年前は実数で60万人ほどでしたが、近年にはその4分の1程度まで減少していました。働きかける対象を拡大していくことも大事かと考えます。また教育訓練にも大いに期待したいところです。
長橋:我々のほうでも教育訓練に関して、厚生労働省と連携しながら取り組んでいます。建設キャリアアップシステムなども訓練の段階から周知し、いずれは研修を受けた方とシステムの連携なども図っていければと思います。
谷脇:そうした取り組みができれば、入職段階から建設キャリアアップシステムの浸透が図れそうですね。人材確保・育成に向けては、各地域の建設会社の皆さまも独自に訓練を行っており、私どもとしてもしっかりと支援していきたいと思っています。

《未来を見つめた担い手の確保・育成へー『新3K』の実現が不可欠》
谷脇:最後に、建設業に携わる方や建設業への入職を検討されている方などへのメッセージを伺えますか?
長橋:建設業はものをつくる産業であると同時に、地域のインフラを守り、安心の日常を守る役割も担う大切な仕事です。そんな社会的意義の大きな仕事であるにもかかわらず、他の産業以上に高齢化が進み、担い手不足となっているのが現状です。そうした現状を変えていくためには、旧来の3Kのイメージを脱却した「新3K(給与・休暇・希望)」の実現が不可欠です。単なるかけ声だけではなく、しっかりと給与を取得でき、しっかりと休める適正な工期が守られ、若い方が誇りと希望を抱ける本当の「新3K」の業界としていけるよう、全力で取り組んでいきたいと思います。
谷脇:大変貴重なお話を伺うことができました。本日はありがとうございました。
長橋:ありがとうございました。
(文責・橋本)

【出典】:「建設業しんこう №544 特集より」

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