民間情報

熊本地震で崩落 4年で架けた「新阿蘇大橋」国内最大級のインクラインを採用

2021.5.31 カテゴリ2(民間情報)

先日、熊本の友人からスマホで写真が送られてきた。開通した「新阿蘇大橋」(左・写真)である。
平成28年4月に発生した熊本地震で黒川の急峻な渓谷に架かる阿蘇大橋が崩落し、早期復旧が求められていた。震度7の前震と本震で熊本県を震撼(しんかん)させた熊本地震から5年が経過。阿蘇大橋が落ちた同県南阿蘇村では復旧・復興が進み、新しい阿蘇大橋が今年3月に開通した。着工からわずか4年で長大橋を完成させた。

国土交通省によると、元の阿蘇大橋の長さは約206㍍のアーチ型の橋。渡河部が鋼トラスド逆ランガーの構造形式だった。被災直後は近くの斜面崩壊の土砂が橋をのみ込んだと推測されていたが、その後の土木学会の調査によると、右岸側を走る推定活断層が動いて、地盤が橋を圧縮させる方向にずれたために崩落した可能性がある、としている。
新阿蘇大橋の計画・設計では、熊本地震と同規模の地震が起こっても甚大な被害を避けられるよう工夫が施された。例えば、推定活断層による変位の影響を少しでも抑えるために架橋位置を下流側にずらし、橋の線形を断層とできるだけ直交するように設定。さらに、落橋しにくいプレストレストコンクリート(PC)ラーメン構造形式を採用した。新阿蘇大橋の渡河部の上下部工事の施工は、大成建設・IHIインフラ建設・八方建設地域維持型建設共同企業体(JV)で、現場代理人を務めたのは大成建設本社土木技術部橋梁設計・技術室である。

大成建設JVによると、新阿蘇大橋建設工事は国道325号と同57号を繋ぐもので、渡河部の橋長は345㍍。渓谷に建設する3つの橋脚の高さは右岸側から49.5㍍、97㍍、75㍍。いずれも巨大な構造物である。当初、設計では斜面上に設ける「段差桟橋」の上で、クレーンを用いた掘削土砂の搬出や資機材の運搬を想定していた。ところが、阿蘇は年間を通じて強風が吹き込む地域で、「クレーン等安全規則」では、10分間の平均風速が毎秒10㍍以上の場合にクレーン作業を中止しなければならないと定めている。この規則に基づき、現場では平均風速が毎秒7㍍で規制するのが一般的で、新阿蘇大橋の現場では1週間に3日ぐらいの頻度で、毎秒7㍍級の風が吹いていたため、「段差桟橋では、深礎工で発生する土砂や使用する資機材を安定して運搬できない恐れがあった。そこで、橋梁工事では実績がなかった大型のインクラインを採用したという。60㌧の積載能力を有する国内最大級の規模である。
インクラインとは、斜面に敷いたレールの上を動く台車で物を運ぶ装置である。新阿蘇大橋で使った台車のサイズは14㍍×9㍍。2台の大型車両を載せられる。移動に必要な時間は片道で約6分。「作業を中断せずに資機材を運搬でき、工期短縮に大きな効果があった」と話している。
国交省は、同大橋の開通を入札当初から令和2年度内を希望していた。大成建設JVは1年4カ月の工期短縮案を技術提案し、受注に至った。その後、新阿蘇大橋での設計変更や他の土工事などの影響による工事の遅れを取り戻す必要が出たが、結果的に工期短縮案が生きて悲願を達成できたとしている。
大成建設九州支店の作業所長は、「工期短縮の十字架を背負いながら安全にも配慮する必要があった」。工事現場では24時間・3交代の施工体制で進めたという。さまざまな難問をクリアーしながら発注当局の希望とする令和2年度内、着工から4年で長大橋を完成させ、去る3月7日に新阿蘇大橋が開通した。
熊本地震発生から5年目を過ぎた今、復興のシンボルとなる熊本城の天守閣の工事も完成し、地震で被災したインフラの多くが、この5年間で無事、復旧・復興を遂げた。これは言うまでもなく、建設業界の土木技術力(者)の高さの粋を結集した結果であり、また、国による初の権限代行事業や直轄初の入札方式の採用など、様々な動きがあった為であろう。
新阿蘇大橋の開通は、熊本の観光の活性化と九州観光の要である阿蘇の新たな観光名所になると期待される。コロナが終息すればいの一番に行ってみたい所だ。

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